Nimbus7-CZCS月別複合画像による北西太平洋海域における植物プランクトン分布の衛星画像時系列データベース (日本語解説) 1.CZCSとは  オゾンホールの存在が、ニンバス7衛星に搭載されていたTOMSセンサーによってはっきりと知られるようになったのは、あまりにも有名です。この衛星には、TOMSセンサーの他に、CZCS (沿岸海域水色スキャナー)というセンサーが搭載されていました。CZCSの働きは、TOMSよりも地味だったのですが、地球環境のメカニズムの理解のためには、決してTOMSセンサーの働きにひけをとりません。  地球の環境には、生物の働きが重要な役割を占めています。その基礎となるのは、太陽光エネルギーによって無機物から有機物を作る植物の働き(基礎生産)です。陸上だけでなく、地球の7割をしめる海洋の生物分布がわかってはじめて、この働きが地球規模で把握できたといえるでしょう。海洋の植物といえば、浅海域の海藻や海草をのぞいては、ほとんどが植物プランクトンと呼ばれる単細胞の微細な藻類が占めています。  このような植物プランクトンの調査は、何日間も観測船に乗船して採水し、顕微鏡でプランクトン種別や個体数を調べたり、ろ過してクロロフィル量などの分析をするのが普通ですが、これは非常に大変な作業です。また、植物プランクトンの分布や働きは、時々刻々、また場所により変化しています。したがって、観測船による詳細な調査とは別に、地球規模でしかも反復計測による時系列を得ることが必要になるのです。  このような必要性から、衛星探査が重要になるのですが、そのための基礎として、海中のプランクトン濃度と海面から上がってくる光のスペクトルの関連を調べる研究が行われました。海水は、比較的波長の長い光(赤色光)と短い光(紫外光)をよく吸収し、その間の青い光をよく通します。植物プランクトンは、進化の過程で、この青い光を吸収するような光合成色素を身につけてきました。その主なものがクロロフィルaです。  植物プランクトンが少ないと、入射した光線はあまり散乱されずに海中に入射してゆきますから、海面は黒潮という言葉で代表されるように、青黒く見えます。植物プランクトンが多くなると、青い光は光合成色素で吸収されやすくなり、その反面、散乱されて海面に返ってくる光が増えますから、海面は緑色から、さらに植物プランクトンが増えると褐色がかってきます。  CZCSセンサーは、このような光学的特性を利用するため、海面から上がってくる光の輝度を、443ナノメートル(青色バンド)、520ナノメートル(青緑色バンド)、550ナノメートル(緑色バンド)を中心としたスペクトル波長域ごとに計測します。ここで、(緑色バンドあるいは青緑色バンドの輝度)対(青色バンドの輝度)の比を取ると、これは「青色の光が吸収された度合い」を表すので、これから植物プランクトン量が推定できるのです。  CZCSは、このような原理が本当にうまくゆくかどうかを実証するため、1年くらいの試験的な稼働を見込んで、1978年に打ち上げられた衛星に搭載されました。結果は予想以上で、途中でセンサーの長期劣化などはあったものの、ほぼ1986年までデータを送り続け、植物プランクトンの変動を通じて私たちの「水の惑星」が、息づいている様を写しだしてくれたのです。  衛星の海水色センサーは、1987年からしばらく空白状態だったのですが、1996年に、宇宙開発事業団(NASDA)によって打ち上げられたADEOS衛星に、後継のOCTSというセンサーが搭載され、日本の地球環境への貢献に対する期待をになっています。 2.北西太平洋の海洋環境  海洋は地球表面の7割を占めていますが、その中でも生物の活動や化学的な反応が活発なのは、沿岸域や大陸棚海域です。一方で、このような海域では、様々な人為影響による環境の変質もおこりやすいのです。東アジアに隣接している日本海、東シナ海、黄海、南シナ海などは、まさにこのような海域なのです。  近年、アジア域では経済的発展がめざましく、世界の生産拠点といわれるようになりました。工業の発展だけでなく、土地利用の変化、水利用の変化、人口の都市集中などの結果は、最終的にすべて海洋に負荷されてゆくといってよいでしょう。現在、揚子江上流のダム建設が計画・開始されています。もし、21世紀にこの工事が完成すると、海洋に流出する陸起源の水のパターンも変わるわけですから、海の環境も影響を受けることが考えられます。  このような問題に対して、研究面のほか、行政の面からの取り組みが始められています。UNEP(国連環境計画)という機関では、世界のいくつかの海域について、地域海計画という行動計画を定めています。そして、12番目の地域海計画として、北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)が策定され、この海域をとりかこむ日本、韓国、朝鮮民主主義人民共和国、ロシア共和国、中華人民共和国の5ヶ国を中心に議論をすすめられています。  海の環境をどう保全してゆくかにあたっては、系統的に得られたデータが基になります。NOWPAPの行動計画に含まれる5つの事項のうちでも、海洋環境のモニタリング(監視)の方針をたてることとと、海洋環境のデータベースを作ることの2つに高いプライオリティが置かれています。  ヨーロッパに隣接したバルト海や北海などについては、すでに各国の協調・連携の歴史もあるのですが、アジアに隣接した海域においては、これからの課題です。衛星によって取得されたデータは、基本的にすべての機関に開かれたものであり、各国の連携のまず第一歩になるでしょう。  本CD-ROMの目的には、このような海洋環境の研究面、行政面での基礎としての役割を果たすことの他に、一般の方々に海洋の働きについての理解を深めていただくことも含まれています。 3.本CD-ROMの内容    このCD-ROMは、ISO-9660の規格で作成され、DOS, Windows, Mac, UNIX準拠のコンピュータで内容を見ることができるようになっています。英文ブックレット中の表1に、ディレクトリとその中のファイルを示しましたので、それを参考に各ファイルを開いてみて下さい。また、WWWブラウザをお持ちのユーザーは、index.htmを開くことにより、メニューにしたがって次々と画像ファイルを参照してゆくことができます。  [gif]というディレクトリには、植物プランクトン色素量分布の月別画像がはいっています。また、これらの画像を、2秒毎の動画にしたものが、[movie]-ディレクトリにはいっています。各色がどのくらいの濃度に対応しているかは、colorbar.gifというカラースケールを参照してください。  また、これらのデータを作成した方法については、英文ブックレットの第2節、第3節、およびAppendixに述べました。また、これらのデータの引用にあたっての注意を第4節に述べてあります。  ここで、植物プランクトン色素量という表現をしましたが、これは、データで表現されているのが、クロロフィルa濃度だけでなく、クロロフィルa濃度とクロロフィルの分解生成物であるフェオ色素濃度の和であるという意味ですので、ご注意ください。また、月別複合画像というのは、数多くの個々のシーンを、データの品質、雲の存在などをチェックしつつ、月別の平均値にしたものです。  また、データ処理で欠くことのできないのが、大気補正です。衛星センサーでとらえられる光には、海中からの光の他に、大気中のエアロゾル(細かい浮遊粒子)からの散乱光も加わり、後者のほうが、海洋中のプランクトンからの光の情報よりもむしろ大きいのです。しかも、エアロゾルの量は一定しませんし、北西太平洋海域では、さらにアジア大陸からの黄砂エアロゾルが加わります。このため、NASAが作成した大気補正アルゴリズムがうまく働かない場合があるので、東海大学を中心として作成されたアジア海域用のアルゴリズムが使われています。  なお、研究者向けに、植物プランクトン色素量、443 nm帯および550 nm帯での海水射出放射輝度、670 nm帯でのエアロゾル散乱光輝度の数値データもバイナリー形式でいれてあります。海水射出放射輝度とは、海中から空中に向かって出てくる光の強度のことです。550 nm帯の射出放射輝度のデータは、沿岸域等での懸濁物質の多さを表す指標としても役立つと思います。また、エアロゾル散乱光輝度はエアロゾルの多さをよく表します。興味ある方はこちらの方もぜひごらん下さい。 4.植物プランクトンの時空間変動からわかること  まず、[gif]-ディレクトリの中の植物プランクトン色素の画像を開いてみましょう。一般に、瀬戸内海や黄海などの半閉鎖海域、東シナ海などの大陸棚海域では、植物プランクトン量が多く、黒潮以南の外洋域では少ないことがみてとれますね。植物プランクトンは、海水に溶けている二酸化炭素、リン酸塩、硝酸塩、ケイ酸塩などの無機物を材料として吸収し、太陽光をエネルギー源として増殖しています。外洋域では、栄養塩濃度が低く、その欠乏が植物プランクトンの増殖を制限しています。栄養塩が豊富になれば、この制限が無くなり、植物プランクトン量は多くなるのですが、この傾向が過剰になると赤潮などの環境問題が起こることはよく知られています。  今度は、[movie]中の動画を開いて季節変動をみてみましょう。動画のソフトウェアが無い場合、月別画像を次々に参照してゆくのでもかまいません。これによると、春に中緯度で植物プランクトンが増えることがわかります。この現象を春季ブルーム(春季大増殖)と呼びます。このブルームが起こる海域は、桜前線のように、季節と共に高緯度に移動してゆきます。このような季節変動には、プランクトンが光合成のための光を十分浴びられるかどうかという要素も加わってきます。  また、中緯度では、夏にプランクトン量が少なくなることも見て取れますね。植物プランクトンの作用は、光合成の可能な上の層(有光層)で栄養塩を吸収し、その死骸は沈んで行きますから、海洋上層のリンや窒素を深海に引き下ろしていることになります。この作用を生物的ポンプといいます。この結果、春季ブルームが終了した時点では、有光層で栄養塩が欠乏し、植物プランクトンは少なくなってしまうのです。秋になると、海面からの冷却や風の作用で海が鉛直に混合し、再び下層の栄養塩が有光層にもどってきます。この結果、秋にも大増殖(秋季ブルーム)がおきることがあります。  植物プランクトンの光合成は、海洋が大気の二酸化炭素を吸収する方向に働きます。この結果、植物プランクトンの多いところでは、おおむね海水に含まれる二酸化炭素の分圧が低くなります。ただし、二酸化炭素の分圧は水温などにも依存しますから、海洋の様々な要素を研究することが必要になっています。 参考  本CD-ROMあるいはブックレットの内容からさらに詳しく調べるための参考資料を以下に示します。本CD-ROMでは、北西太平洋域の時系列にねらいをしぼりましたが、NASAのホームページ http://seawifs.gsfc.nasa.gov/SEAWIFS/IMAGES/IMAGES.html では、地球規模あるいは世界の各海域のCZCS画像を参照することができます。これらの画像からは、モンスーン変動と海洋変動、北極海と南極環海の違い、ペルー沖の沿岸湧昇、赤道湧昇、高緯度海域の春季ブルームの伝播、地中海では栄養塩が少ないことなど、海洋の様々な動きが読みとれます。  また、様々な衛星による地球環境の探査、海のメカニズムと海洋汚染の関連などについては、 土屋清(編著)「リモートセンシング概論」朝倉書店(1990)327ページ。 原島省・功刀正行「海の働きと海洋汚染」ポピュラーサイエンスシリーズ、裳華房(1997)。 などが参考になるでしょう。